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BLUES PIANO

僕が同志社大学在学中に、同じ大学の先輩であったブルースギタリスト@塩次伸二(2008年に他界)さんから大いなる薫陶を受けた。僕がアルバイトしていた喫茶店の常連さんだったのが妙縁で、ずいぶん年下の弟のようにかわいがってくださった。(1981年〜82年頃かな?) 塩次伸二さんと言えば、当時はウェストロードブルースバンドの中核として関西ブルースシーンでもカリスマ的存在の演奏家だったし、そのラベルに相応しい孤高のオーラを放っておられた。大学卒業後はプロのピアニストを目指すのか?音楽は趣味として楽しむのか?…悩みながら日々、音楽の勉強をしていた1青年の僕に対しても、誠意と真心で接してくださったことは今でも忘れはしない恩義だ。…ある日、塩次さんが「家に遊びにおいでよ〜」と誘ってくださり、京都@宝ヶ池の彼のアパートに遊びに行った。楽しい音楽談義のひとときの中、ユーモアとジョークの狭間にもとても大切な「可能性を秘めた若者に対する辛口の本気アドバイス」が時折出てきたことで襟を正したことは鮮明に記憶している。「Jazzを志すのも良いけれど、ヒロシは今のうちに、もっとしっかりと BLUES のイディオムを勉強して基盤を作らないと、将来つまらない ありきたりの Jazz Pianistで終わってしまうよ! CHICAGO BLUES の古典をまずはしっかり勉強しなさい!」…とレコード棚から取り出して聴かせてくださったのが、この OTIS SPANN (1924〜1970) と、ALBERT AMMONS の LP盤 だった。ALBERT AMMONS(pf) が GENE AMMONS(sax)の実父だったということは何年も後に知ったことだが、BLUES と JAZZ の関わりについて〜さらには GOSPEL との関わりについて、その歴史的事実を垣間見る1つのきっかけにもなった。OTIS SPANN のような REAL BLUES PIANO は僕にはとてもじゃないが弾けない。たまに天国におられる塩次さんから「ヒロシ、まだまだダメだな〜。君のは BLUES になってないよ〜」と叱られている夢を見る。塩次伸二さん …素晴らしいミュージシャンだった。僕は塩次さんを決して忘れない….

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